月別アーカイブ: 2014年8月

7月誕生会のお知らせ

保護者様

みくま幼稚園
園長 安芸志穂子

梅雨の終わりを知っている自然の生き物は、地面のなかに住んでいても、水の奥深くに潜んでいても、七月の声を聞き届けます。まだ蝉の声をきく前の頃、私の父は亡くなりました。お通夜の夜には勝尾寺で、宿泊保育の夜を迎えていたことを思い出します。日本では夏はなつかしい季節、そして鎮魂の季節でもあります。子ども達は新たな生への願いを果たすべく、この世に生まれてきたのでしょう。人の生まれを祝福し、人の人生の終焉(しゅうえん)を寿ぐ(ことほぐ)。誕生という瞬間から、死という出口への呼び出しを待つ「人生」という待合室にいる私たち。父や母が部屋から去る姿を見送り、やがては自分たちもこの部屋を去る。その時に残る子ども達に何を残して行けるでしょうか。人として、生を受け、その時間がいつ果てるかがわからないまま、それでも子ども達を精一杯育てようとしている若い母親達、親になる選択をした人も、別の選択をする人も、自分一人の生涯を自ら生きる、みずからの命の使い方をみずから定めることは同じです。定めるために立ち止まり、定めるために迷いながらも進むのです。

子どもを育てる生活というものには、時としてのど元へ鋭い切っ先のように突きつけられることがあります。さあ、どうする、さあ、さあ、と、刀に手をかけた子どもに詰め寄られるような思いをすることの連続です。全くの新境地の中、十分な知識も経験もないなか、判断を決済し、手を打っていかなくてはなりません。次の一手、またその次の一手、正しいかまちがっているかわからないままの、やみくもな戦いもあります。何が正しくて何が間違っているのか、評論したり批評する人はたくさんいるでしょう。でも我が身に起こることは、昔の自分を思って、新たな自分の考えをつくりださねばなりません。新たな考えというのは、誰も教えてはくれないのです。自身が生み出す前人未踏のものなのです。そして、結果がどうかということは、勝ったか負けたか、正しかったか間違っていたかの他人の評価ではなく、自分の思っていたこと、考え出したことがどれだけやることができたのか、この一つに尽きるのです。これからを生きて行く、生きる時間の中に身を置く小さな子ども、若い親の皆さんを、支え、はげまし、見まもり、育み合う小さいけれど大きな場所、みくま幼稚園がそんな場所になることを願い、母として生きている人達にあたたかいエールを送りたいと願います。

7月に生まれた元気な夏の子ども達、下記の日時に7月の誕生会をいたします。誕生児保護者の方はご参加ください

年少組 お誕生会
図書室にて
①お祝いの会 誕生カードと絵本のプレゼント
②こんな絵本をいっしょによみます 「もりのおふろ」西村繁雄 作
③保育室でのお祝いの会
④お時間許します方は引きつづき、おはなし会へお越しください
喜美子先生のおはなし会 図書室にて

年中組と年長組 お誕生会
小ホールにて
①お祝いの会 誕生カードと絵本のプレゼント
②こんな絵本をいっしょによみます 「ほねほね きょうりゅうのほね」バイロン・バートン 作
③保育室でのお祝いの会
④お時間許します方は引きつづき、おはなし会へお越しください
園長先生のおはなし会 小ホールにて

26年度 おそまきながら6月号

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夏がくれば思い出す

梅雨が明ければ夏がやってきます。どこできくのかわかるのか、毎年カブト虫の幼虫たちは梅雨が明けると同時にぴかぴかの成虫になって腐葉土の底からでてきます。セミの幼虫も固い地面の下から脱皮のためにでてきます。こうして、世界が少しづつ確実に毎日変化をとげている、子ども達は敏感にそれを感じ取ります。子どもの気分の良し悪しには、天気や季節、気温や湿度が影響します。そして住まいする家の中の気配やお母さんの様子、様々目に見えないもの、耳にはきこえてこないものを感じ取ります。それは、まだむずかしい言葉を理解しない、難解な言葉や複雑な感情表現をしない幼い段階の人間が、本能的に感じとる感性の世界です。そして、私たちも幼い人たちと生活を共にしながら、そうした感性のなかで喜んだり悲しんだり、怒ったり笑ったりしながら人生を生きているのです。

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夏の病気

夏の病気と言えば定番の、というものが季節感を失い、今や病気の季節感もあまり感じなくなりました。我々集団生活を預かる現場の者として一番困るのは、命には別状ないのだが感染力がつよく、治療が必要な病気、でしょうか。とびひ、水いぼ、頭ジラミなどはその代表で、感染力が強いのに出席停止でもありません。流行性結膜炎は出席停止扱いですが、初期段階ではよく見逃され、我々が医療機関に不信感を抱くことさえあります。子どもが行きたいと言えば行かしてやりたいのは親心だし、水いぼやシラミなんか生まれてこの方見たことないという母親に早期に気がつきなさいというのも酷なものでしょう。しかし、子どもを集団生活、社会生活に参加させる以上、人に感染するものを持ち込むというのはエチケットとしてやってはいけません。意図的でなくても、それを防ぎきることはできないことをみな了解しているからこそ「おたがいさま」は成立します。子どもといっしょにお風呂に入れるうちは、しっかり子どもの外側もみてやってほしいと願います。とかく、子どもの気持ちや心ばかりに目が行きますが、カラダとこころは一つの入れ物に入っています。親が気をつけていれば、子どもにいらぬ不便をかけささないことはたくさんあるのです。子どものカラダを自分の目でみること、さわること、そうしたことも大事にしてほしいと願います。

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子育てで渡る川

暑い夏、クーラーは子どもの身体に悪いときかされた初心者の母であった私は、一大決心をして扇風機をだして、当時はまだ幼い長男に、扇風機にさわらない、扇風機の近くで遊ばないと約束をさせ、うちわであおぎながら暮らし始めました。気温湿度の高い中、子どもは約束をすぐに忘れ、母親は扇風機と子どもの動きをにらむだけに執着し、いさかいはふえ、いらいらしてお互い泣き寝入りのような時間が延々とすぎて、ついに、クーラーのない生活は、身体には良いのかもしれないが、親子の精神衛生上は良くない、との怒りの決断を下すこととなりました。それ以来、うちの子育てでは、家に入れば適温で快適に生活する、がモットーです。今にしてみれば笑い話ですが、当時の私はおおまじめで、なにかしら思いついたり、ききつけたりすると、そうなんだろうか、と真剣になやみ、子どもにさまざま実験的な突然の取り組みにつきあわせ、結局、一人で頭にきたところで乱暴な結論をだす、という作業に没頭していたように思います。つきあった子どもも第一子、つきあわせたこちらも母親業はずぶの素人でまったくの初心者、やじさんきたさんの珍道中、本当によくつきあってくれたものです。今となっては、おたがいさま、おたがいよくやったよね、のひとことです。 幼くて迷惑ともよう言えず、いつも同行二人でつきあってくれた子どもに感謝です。

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みくま幼稚園だより 2014年6月号

6月誕生会のお知らせ

保護者様

6月お誕生会のお知らせ

みくま幼稚園
園長 安芸志穂子

6月は水無月、和菓子の名前にもあるこの月は田植えのためにたくさんの水を必要としたことに由来します。水無月の頃は、「夏越しの祓え」(なごしのはらえ)の季節。陰暦の6月晦日、6月の末日に罪やけがれを除き去るための宮中や諸社で行われる行事です。今ではめずらしくなったこの年中行事も、古人の食中毒や梅雨時の衛生に対するこころ配り、そして季節の中の衣替えなど、季節の変化に適応して向かい合って行く知恵のひとつでありましょう。

雨が続く季節でも、子ども達は興味いっぱい、関心事にはことかきません。雨で外遊びができない分、園庭の遊具ではなく、友達と遊ばなければ時間がすぎない状況も生まれます。友達や遊びと向き合う機会到来の季節でもあるのです。幼稚園のなかで大好きな居場所が雨で行けなくなったなら、さあどうする?居場所は運動場の滑り台や砂場の穴掘りや、お山の横の小さなおうちなど、場所そのものかもしれないけれど、人の中にも居場所がつくれることを体験してほしいと思います。気持ち一つ、心一つで遊びも居場所も仲間達も、みんないつでもつながりあえる、自分という財産があれば、いつでもどこでも互いを満たし合ったり、与え合ったりできるんだ、そんな自分の力を少しでも感じてほしいと願います。

同世代の中で苦労をともにしながらみくま幼稚園の社会人としてみくまの社会に参加し、作り上げて行く主人公の子ども達ひとり一人、そしてそれをあたたかく見まもり、愚痴をきいたり、文句をきいたりしながら、それでもやりがいのある社会参加に胸をふくらませて幼稚園へでかけてゆく子ども達を送り出して下さるお母さん達も子育てという新境地のなかで、自分の感触だけをたよりに同世代のなか、一生懸命に生きています。一生懸命につながりあい、支え合い、与え合うみくまの社会の一人です。みくまの仲間達がいっしょです。一人ではない、自分は一人きりではない、同じ時代、同じ時間、同じみくまのコミュニティのなか、たしかに共に生きて、仲間達といっしょに子育てをしている、幼稚園に来るまでの数年間をがんばって生きてきたお母さんたちに、そんなことを少しで実感していただける機会としての参観日であってほしいと思います。

ここにいるのはあなたの評価をする人間ではないのです。大人も子供も、ここに、みくまにいる人たちは、あなたを一人にしない、と手をつなぐ人達です。
「子どもとともに生きて行く」という事について、生き延びて行く先にはたくさんの「おそれ」が立っているかもしれないけれど、必ず生きて行く先に「希望(のぞみ)」が待っていてくれる、たどり着くその場所で首を長くして「希望」がきっと待っている、私はこの幼稚園の園長として、そう信じているのです。

年少組 お誕生会
図書室にて
①お祝いの会 誕生カードと絵本のプレゼント
②こんな絵本をいっしょによみます
「もりのおふろ」西村繁雄 作
③保育室でのお祝いの会
④お時間許します方は引きつづき、おはなし会へお越しください
喜美子先生のおはなし会 図書室にて

年中組と年長組 お誕生会
小ホールにて
①お祝いの会 誕生カードと絵本のプレゼント
②こんな絵本をいっしょによみます
「ほねほね きょうりゅうのほね」バイロン・バートン 作
③保育室でのお祝いの会
④お時間許します方は引きつづき、おはなし会へお越しください
園長先生のおはなし会 小ホールにて

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26年度 5月号

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季節がかわります

暦やカレンダー、テレビのアナウンサーがしゃべるのを聞いていても季節が変わりゆくことがわかりますが、私たちは幼稚園の朝から夕方までの身体で感じる温度と、子ども達の反応で感じます。この時期はちょっと中休み、年少さんたちはとくに熱をだしたり、不調がでたり、無理をすると長期の病欠にもなりやすい時期です。無理なら無理と言ってくれればいいのですが、なにぶん母親も子どもも子育て生活の新人だったりしますとどちらも自分の状況が無理なんだかどうだか、つまりは勝手がわからないので、まあ、共同作業で実績をつみあげていく最中というところでしょうか。こうして手さぐり、やみくもな毎日に追われながら、子育て経験値は確実にあがっていきます。

この時期のお休みが続くと、特に新入園のお子さんは、親にしてみれば、一斉にスタートさせたのに、第一コーナーで自分の子どもだけが転倒してしまい、他の集団におおきく差を付けられてしまったような気がするものです。でもきいてください。年少さんで言えば、まあ、年間保育日数の半分元気で登園できたら万歳だと思って下さい。第一コーナーで倒れなくても倒れても、倒れては立ち上がり、立ち上がってはまた倒れの繰り返しがこの先ずっと続いてゆくのです。倒れても喜びが待っているから立ち上がる、実験や挑戦があるから倒れることもある、そんな繰り返しをさせたいと、みくま幼稚園は人生に有意義な時間と体験を子ども達と作り上げようとするのです。子どもの人生の時間は子どものためのもの。親のため、先生のための時間ではないし、幼稚園や学校のための人生でもないからです。

だから、ああ、うちの子はよくやっているから、ここらで小休止をとってもいいってことなんだな、私も子どもも子育てライフを一生懸命生きているから子育ての神様が休暇をとっても大丈夫だよと言ってるんだな、と思って下さい。私はたぶん、そのメッセージは正しい、と思っているのです。

季節は春から夏へ。去年寝込んでいた年少さんが年中さん、年長さんになれば、格段の体力がついてきます。保育所や、他の幼稚園からみくま幼稚園へやってきた子ども達も、確実に体力をつけ、小さな社会でやって行く術を身につけていきます。毎年たくさんの子ども達の成長していく姿を20年以上見送ってきました。毎年、この時期の出欠調べをみるたびに、季節をひとめぐりして一生懸命に育ってゆく子ども達にあたたかい声援をかけたくなります。そして、我が事のように気をもんだり、はげまして日々の体調管理に心をくだいて幼稚園へと子ども達を送り出そうとしてくださるお母さん達の気持ちにただただ感謝の言葉をかえしたくなります。それぞれの、子ども達の将来へのあたたかい気持ちがめぐりあうように、そうして季節がめぐって行くんですよと、お母さん達に伝えたくなります。

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みくま図書の 図書貸出し によせて

みくま幼稚園の図書室にはいったい何冊の蔵書があるのか?園長室の資料図書を含めれば、いったい何冊の本が幼稚園の中に住んでるの?ときかれると、正確な数字が把握しかねるのです。たしか最期に数えたときは2000冊以上だったと思います。創立以来、良書を子ども達に、という考えのもと、図書室を設立し、私も図書室の絵本の先生、動物コーナーの動物の先生、と役職を歴任しました。図書室ではたくさんの子ども達との出会いがありました。今でも学期に一度の絵本サロンを開いているのは、その時若くてなにがなんやらわからないままにたくさんの出会いに全力投球していた事柄が、年を経て、少し整理が出来て、ああ、あれはこういうことだったのか、と腑に落ちてきたからかもしれません。子どもに絵本を読んでやっている時間のなかだけ、あわただしい日常生活にぽっかりと絵本の森への扉があいて、私は小さな子どもの手を握って、絵本の森を歩くのです。子どもより大きな自分であったり、子どもと同じ背丈の子どもの頃の自分であったりしながら森をあるいて散歩をして、森の扉を出たら「おしまい」の声がきこえて、絵本がぱたんと閉じられたものでした。あれは子どものために読んだのか、子どもと子ども同士に戻った自分のために読んだのか、絵本を読む相手がいなくなってしまった今はぼんやりと当時のことを思い出します。たいへんにいそがしかった時代に捻出した時間ほど濃密であったことはありません。時間がいくらでもあるときにいくら時間をつくっても、もうあの濃密な体験はできないものです。

中国の伝説に「桃源郷」という話があります。
戦乱の時代に一人の漁師が舟に乗って迷って桃源郷にたどり着きます。そこには桃の花が咲き誇り平和でおだやかで、幸せにみちた村の暮らしがありました。漁師はそこで幸福に暮らしていたのですが故郷へ戻りたくなって舟をだします。別れを惜しむ村人が「決してこの村のことを人に話してはいけません」と言われたのに、あるときつい懐かしく思い出されて話してしまい、王様の知るところとなります。王様は国中に命じてつぶさにその村を探しまわりますが、どうしてもその村を見つけることはできませんでした。漁師も秘密の目印をもとに舟をだしましたが、なんど目印をたどっても、もう二度とあの平和で幸福だった村に戻ることができません、ただなつかしくその村での暮らしを思い出されるのでした。
「桃源郷」とはこんな話です。

子育てをしておられるみなさん、みなさんは今、桃源郷におられるんですよ。いつの日か、きっと、それが本当だったと、必ず思われますよ。そして、なつかしく思い出して楽しいあたたかい気持ちでいっぱいになられますよ。だから今は、子どもを大きくして行く自分の人生のなかで、たとえ心が痛いことや苦しい思いをしたとしても、必ずこれらはみんな懐かしい思い出にかわってゆく、幸福な毎日の一コマにかわると思ってください。そう思って、毎日を精一杯「あしたいいことあるだろう」と思って生きている子どもといっしょに、小さな手をにぎって歩いていきましょう。「あしたいいことあるだろう」は、きっと本当のことなんですから。

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子育てで渡る川

私はみくま幼稚園に就職して今年で26年目になります。幼稚園が設立されたのが48年前ですから半世紀近い幼稚園の時間の内、半分をともにしています。卒園児が保護者になってやってくる最近、やっと三世代にわたるお付き合いになれたかなと思います。私自身はというと、当時は東京の父の会社の社宅に住んでおり、みくま幼稚園には通っていません。社宅から歩いて行ける幼稚園、大きな道路を横切らずに通園できる幼稚園という条件の園へ二年保育で通っていました。集団生活が苦手な私は当然幼稚園も苦手で私のお世話をしてくれたおばあちゃんを困らせたものでした。みくま幼稚園の設立に伴い、大阪へ転居した後も、家計簿もつけたことがない女性が私立学校の運営をするという事業という名の船に乗ってしまった母の苦労は幾ばくであろうかと思いますが、まあ、それでなくても、当然小学校の大嫌いで、いわゆるやりにくい子であった私の子育ては大変だったろうなと人ごとのように思います。

私は絶対専業主婦になって、子どもが帰ってきたらエプロンをかけて出迎えるムーミンママのようであろう、と固く誓った私ですが、その後はごらんのとおり、海賊船の中で子どもを育てたような無秩序で乱暴な暮らしぶりでした。子どもが小さかったときも、大きくなった今も、大変だ、と思ったことは一度もありません。たぶん、暮らしそのものがあまりに大変だったので、子どもがもちこむ様々な出来事はさして大変とは感じることが出来ず、周囲の迷惑やひんしゅくはものともせずに、ただただ子どもといる時間帯だけが親子の休息の時であったのと、全員の安否確認ができて安心がある時間帯だったのでしょう。ハリウッドの映画で「カリブの海賊」という映画がありますが、今でもああ、あんな中で子どもを育てちゃったなあ、と懐かしく思います。

そうして育った長男は「かあちゃん、俺に一人暮らしをさせてほしい」と18の年に家をでました。救命ボートで脱出したわけです。私にとっては「のれんわけ」、自分の船を持つんだぞ、と見送ってやりました。親は子どもを育てる、ごはんを食べさせて服をきせて、学校へ行かせて社会訓練を積むべく送り出す。そして親は子を選べない、子は親を選べない大前提を百も承知で、親の私は自分のスタイルで子どもを育てる、徹底した自分というもののスタイルを子どもに伝えるだけ。それが私の子育てです。親のようなスタイルを選ぶか選ばないかは子どもが決めて行くこと、どんな人間になるのかは子どもが自分で選択すること、私たちもそうして大人になりました。そうして今を一生懸命生きています。今でも私は、なりたい自分に必ずなる、そう願って生きているのです。

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みくま幼稚園だより 2014年5月号 1枚目
みくま幼稚園だより 2014年5月号 2枚目

5月誕生会のお知らせ

保護者様

5月誕生会のお知らせ

みくま幼稚園
園長 安芸志穂子

五月はさつき、さみだれ、さおとめ、お田植え祭や神事が多い季節です。稲の国の名残りとなる年中行事がまだ残るこの時期、稲の景色は見えなくても、緑の香りが風の中にただよい、なんとも美しい芽吹きに心を奪われます。

新学期にお客さんだった子ども達も、そろそろ主人公、運営側、参加者になってみくまのコミュニティの中で活動を始めます。あたたかな、支え合い、競い合い、ともに走り会う仲間達が様々に営みをしながら命をもって生きている小さな社会、集合体、それがみくま幼稚園です。子ども達ひとり一人をみつめる、子どもをみる、ということはどういうことか、私たちは日夜その努めを果たすため悩み、考え、実践しています。子どもに親切であるということにとどまってしまうのではなく、なにが子どもの人生にとって有意義な体験なのかという問題に向き合っていきたいと考えています。

幼稚園に行けるのは楽しいもの、でも行かなければならないとなればつらい時もあるものです。文句がでたり、嫌な思いをしたことなどお家で子どもが愚痴を言い出したら、それはお客さんから参加者側になるきざしの時。未熟な者同士が支え合い、つながりあって育ち合う過程で、これから、ずっとここでやっていく、それについて乗り越えたり、やり過ごしたり、解決したりして行かなければならないものが見えたとき、人はそうした時期を経験します。そしてそれをもってもあまりある喜びや楽しみややりがいがあるからこそ、次の日もまた参加しに行こう、自分の居場所へ戻っていこうと前を向いてそれらと向き合っていくのです。私たちはその一つ一つ、ひとり一人に向き合って、やりがいのある苦労をともに体験して行きます。

子ども達が小さな愚痴を言い始めたら、小さい体で生まれてこの方、見たことも聞いたこともない初めての体験を学んでいる苦労をねぎらってやっていただきたいと思います。そして私たちにも小さな耳打ちをして下さい。それは、初めて出会った赤ちゃんを一生懸命その将来を案じて子育てしてきたお母さん達と同じ姿、そして毎年一人として同じ子どもがいない中で悩み考え実践している私たちの姿でもあると思うのです。私たちは、みんな、ともに同じ道の上にいて、互いの成長をまのあたりに見まもることができる、そう私は信じているのです。

風薫る季節、子ども達の健やかな成長を願って誕生会を開きます。お誕生児保護者の方はどうぞご参加ください。

年少組 お誕生会
図書室にて
①お祝いの会 誕生カードと絵本のプレゼント
②こんな絵本をいっしょによみます
「もりのおふろ」西村繁雄 作
③保育室でのお祝いの会
④お時間許します方は引きつづき、おはなし会へお越しください
喜美子先生のおはなし会 図書室にて

年中組と年長組 お誕生会
小ホールにて
①お祝いの会 誕生カードと絵本のプレゼント
②こんな絵本をいっしょによみます
「ほねほね きょうりゅうのほね」バイロン・バートン 作
③保育室でのお祝いの会
④お時間許します方は引きつづき、おはなし会へお越しください
園長先生のおはなし会 小ホールにて

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26年度 4月号

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みくま幼稚園から保護者の皆様への通信です。
園長安芸志穂子が書いています。
ご一読ください。

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1・新しい年度の開始です

26年度が始まっています。25年度を充実して過ごした方、お家で新生活を待ちわびていた方、様々おられることと思います。

みくま幼稚園にもフレッシュな新人がやってきました。(年齢はそれぞれです)
西川弘子(にしかわひろこ)
福井友美(ふくいゆみ)
髙谷弥沙(たかやみさ)の3名です

また、25年度末で退職した職員は
清水章子(しみずあきこ)
中山実久(なかやまみく)
辻本紗羅(つじもとさら)の3名
清水先生は現在パート職員として新学期の間、強力な助っ人として活躍中です。

子ども達が巣立つように、様々な事由でみくまを巣立つ職員もいますが、それぞれに同じ道を進む同業の士、同じ志をもつ仲間としてみくまの縁を大切に今後の人生に生かして行きます。

昨年度、卒園した子ども達は110。それぞれの小学校という新しい新天地でぴかぴかの一年生です。今年度のみくま幼稚園は全園児321名、豊中、吹田、箕面の3市にまたがり、小学校区では20校区以上の就学先があります。数ある幼稚園のなかで、みくま幼稚園を選んで参加する先生達、子ども達、そして保護者の皆様、みくま幼稚園という小さな社会、コミュニティ、小さいけれどとても大きいあたたかさをもつこの場所で、つながりあって、みなさん今年も育ちあい、学びを深めて参りましょう。

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2・新しい給食業者です

給食を委託する業者さんがかわりました。25年度まで、ながらくお世話になった「ナフス南」さんと契約が終了することとなり、今年度から「富喜屋」さんになりました。アレルギーへの対応と、子ども達のために手作りの給食を配食したいとの企業理念のなかで、みくま幼稚園の教育方針と沿うところが多く有り、話し合いを重ね、お互いに子ども達の育ちのためのパートナーシップを結ぶに至りました。

自分たちの小さな頃の思い出を語る中で、学校での小さな我慢や、いまではやりすごせるような小さなつまずきが大きな涙になったことも一つや二つはあるものです。子どもが大人になって行く道中はたくさんの喜びとたくさんの痛みの背中合わせ、どちらも表裏一体ながら、おだやかな日常の中で些細な喜びの面が表をむいてみたされていても、痛みの部分がささいな気持ちの揺れ動きでくるりとこちらを向いてしまったときのせつなさ、つらさは大人になってもかわりません。人はいつまでもそうして育ってゆくものなのです。たとえ楽しい食事の時間であったとしても、なかには苦手な給食で悲しい思いをした親御さんも多かったのではないでしょうか。

私も給食は大の苦手でした。人と同じ事がとにかく苦手な私のような子どもには、人と同じ味覚や感覚を要求されることは小さな頃は手に負えないほどの苦労であったように思います。まあ、今はそのノウハウが役に立ち、こうした仕事につくことができていますので、学びは生きているのでしょう。本来は私のような子どもこそ、学校が必要だったのかもしれません。

みくま幼稚園の給食指導は、給食を残さず食べることが目的ではありません。仲間で同じ味覚、同じ食材をともにする、食する時間を共にすることが子どもの人生や将来にむけての人間形成にどんな役目をはたすのか、それを見まもり、学び、促し、身につけることが目的です。その中身は味覚や食欲やお腹のすき具合と同じように、子ども達ひとり一人がちがうので、ひとり一人がちがうと私は考えています。給食が自信を育て、仲間のぬくもりの中で育ち合う時間になりますように。そんな願いでみくま幼稚園は給食、お弁当の食の時間に取り組んでいます。

3・新しい動物コーナーです

春休みの間に動物コーナーを改修しました。
とんぼが産卵するためのトンボ池を水路に移して、今までのトンボ池は水生生物と水生植物の共生の池となりました。カメのコーナーはカメからの不満続出の「産卵場所を変更せよ」「我々カメにやさしい産卵場所をつくれ」という数年来の直訴をついに聞き届け、カメの池の内装リフォームと産卵場所をあらたに設置しました。

みくま幼稚園は日本カメの産卵にも取り組んでいます。いままでの人造的な産卵場所におこって動物コーナーから脱退してしまうカメもいましたが、新しい産卵場所をつくって以来、みな気に入っているようです。この春がおわったら、カメも産卵の季節です。生まれた子ガメは、岡村先生の手で大切に育てられて、やがては動物コーナーにデビューの予定です。おたのしみに。

また、ウサギの糞尿処理として、酵素で分解するコーナーをつくりました。これによりできた安全な堆肥で幼稚園のなかに果樹を植えられるよう、土壌の改善にも取り組んでいきたく考えています。みくま幼稚園の動物コーナーのスタッフ達、あひるもうさぎもカメたちも皆長命で、学校飼育動物のなかでは平均をぬいて幸福に暮らしています。きっと、動物スタッフとして子ども達の心と体の育ちを見まもるお仕事の充実具合と、なによりも、みくまのコミュニティの一員であることが健康、長命の要因だと思われます。

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子育てで渡る川

子育てをふりかえって今感じることは、子どもを育てるということと、子どもを産むということは、背中合わせでよりそうのがよかったんだなということです。その二つが混じり合って、なにもかもいっしょくたになっていたことが、苦しみのもとであり、怖いものしらずでやってゆけた原動力でもあったなと思うのです。そして、まぜくりあってどうにもこうにもならなくなって、ようやくある時ハタときがついてやり方をかえる、そんなことを際限なくくりかえした結果、それを学ぶにいたったというところでしょうか。

生まれてすぐに世間話をするあかちゃんも立ち歩く赤ちゃんもいません。ゆっくり親になりましょう、そんなことはみんな知っているけれど、知っているということと、わかっているということがちがうから、みんなわからずに悩むわけです。子どもを産んだ産婦から、ゆっくり納得しながら親になってゆけばいいのですが、女親は体も心もホルモンの影響を受けたり、子孫を残すという自然の目的のためのシステム上、なにごとも男親よりも一足先に親の道を歩きます。早い話が女の人は子どもを産んだその日から、子どもを産む前の人生には戻れないことがわかります。もうこの道しかないのだと小さな手をにぎって、はしごを外されてしまったことが身にしみてしまったりするのです。男親との夫婦の葛藤は、このはしごを外して、今までの人生に別れを告げてでも子どもとの生き方を余儀なくされる女親の身もだえするような子育てへの気持ちを、理屈で親になってゆく男親が理解するにいたるまでの時間差、つまり、男親が理屈ではなく体の感覚で親になるまで女親は、余裕のかけらもないのにイライラしながら待っていないといけなくて、足ふみ状態の苦しい時間が長いと感じることが多く、また、いくら男女の親の発達段階が同列に並んでも、その体感覚そのものの深さのちがいに由来するからだと思うのです。

夫婦で子どもを育てましょう、というけれど、子どもが小さいうちは子育ての主役は女親です。男親はその主役をささえる大切なパートナーです。自分の子どもを産むために、まったくの未経験、初心者であるにもかかわらず、それまでの人生と別れをつげて、これからの生きる時間を捧げて子どもを育てようとする女親を大切に支えてあげてほしいと願います。そして、私たちみくま幼稚園のシャツを着る者達もそのパートナーの一員であると思っています。みくま幼稚園では子育ての相談をお受けしています。親になる道中、ながい赤信号がなかなかかわらないと思ったら、信号待ちの合間にお立ち寄り下さい。

夜風のなかに緑の香りがする頃となりました。風薫る季節ですが、昼と夕方の寒暖差も大きい季節、お母さん達は自分の健康管理にじゅうぶんお気を付け下さい。お母ちゃんが元気なら子育ての問題はほとんど前向きに対処が出来て、解決して行けると自分で感じることが出来るのです。

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みくま幼稚園だより 2014年4月号 1枚目
みくま幼稚園だより 2014年4月号 2枚目

4月誕生会のお知らせ

保護者様

4月誕生会のお知らせ

みくま幼稚園 園長 安芸志穂子

進級式、入園式がおわると、子ども達の新しい生活のスタートです。幼稚園に初めて来た子、お引っ越しをしてきた子、クラス替えを経験しながら進級した子、祝福された出会いがこれからたくさん待っています。

おぼえていますか。初めて我が子を抱いた時のことを。後のことも、先のことも考えず、ただただ会えたことにうれしかったあのときのことを。子どもは幼稚園でそんな出会いをたくさん体験して、そんな思いを繰り返してゆきます。ただただ無性にうれしくて、寂しくても、苦しくてもやっぱり明日はもっといいことあるだろうと思っている。私たちはそうした毎日をたくさん過ごして大人になってきたのです。年をとれば大人になるわけではありません。子どもを産めば、子どもが家族に加われば親になるのではありません。これから子どもに支えられ、子どもを支え、パートナーライフを通じて親子になってゆくのです。親になってゆくのです。いっしょに育って変わってゆくのです。

この季節、子ども達は毎年やってくるけれど、同じ子どもに出会ったことは一度たりもなく、同じ子育てをしているお母ちゃんも一度も見ませんでした。みんな自分のやりかたをつくっていくのです。どこかに正解はありません。今の実力で精一杯、考えて間違えて確かめて歩いて行くのです。どうぞ私たちといっしょに歩いて参りましょう。

みくま幼稚園では月に一度のお誕生会を開きます。お誕生児の保護者の皆様にも幼稚園のお誕生会にご参加いただいて、楽しいひとときをすごします。
小ホールでのお祝いの会の後は、クラスでのお誕生会プログラムがあります。保育室でのプログラム終了後は、お時間の許す方は小ホールでのおはなし会にもご参加ください。こどもの成長、子育てについて楽しいおはなしの会をもつ予定です。

下記の日時にお誕生会を致します。お誕生児保護者の方のご参加をおまちしています。

年少組 お誕生会
図書室にて
①お祝いの会 誕生カードと絵本のプレゼント
②こんな絵本をいっしょによみます
「もりのおふろ」西村繁雄 作
③保育室でのお祝いの会
④お時間許します方は引きつづき、おはなし会へお越しください
喜美子先生のおはなし会 図書室にて

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年中組と年長組 お誕生会
小ホールにて
①お祝いの会 誕生カードと絵本のプレゼント
②こんな絵本をいっしょによみます
「ほねほね きょうりゅうのほね」バイロン・バートン 作
③保育室でのお祝いの会
④お時間許します方は引きつづき、おはなし会へお越しください
園長先生のおはなし会 小ホールにて

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