月別アーカイブ: 2014年9月

みくま編集会議vol.1

お役に立てているのかは、判りませんが・・・

初めまして、みくま幼稚園園長ブログ「えんちょう つれづれ」の編集をしております松本希子と申します。月に一度、園長先生とお会いしてあれこれ様々なお話をお聞きしています。そんな濃密な時間の中から私が勝手に感じたことなどを、この編集会議の中で書かせていただきたいと思います。何卒、宜しくお願いいたします。

さて私事となりますが、私には2人の子どもがおります。上は女の子、下は男の子。といいましても二人ともすでに成人しております。娘は現在、ケニアに滞在中。息子は自衛隊の隊員です。二人の子どもは保育園で育ちました。上は2才から下は0才から預け、私は働いてきました。
幼稚園は文部科学省、保育園は厚生労働省。幼稚園では教育を主とした面で子どもを預かり、保育園は福祉という面で子どもの生活を預かる。園長先生からそんなお話を聞いてなるほどと・・・似ているようで全く性格が違う施設だということですね。

幼稚園に通わせたことのない私には、幼稚園での教育や施設選びの基準というものが判りませんが、社会の最小単位である家族から、初めて見知らぬ世界に足を踏み入れる機会という意味ではどちらも同じなのかもしれません。ただ、親の気持ちは全く違うのではないでしょうか。自身で言うと、預けないと仕事ができない、仕事ができなければ生活が成り立たない。二人合わせて10年間、綱渡りの様に時間を繋ぎ合わせて仕事をしてきました。それが子どもにとって良い、悪いなど考える暇もありません、子育てと仕事と家庭のやりくりだけで365日は過ぎてしまいます。なので、子どもの教育面にはとてもうとい親でありました。その点、いまの若い親御さんは、しっかり考えてらっしゃるのだろうと思ったりもします。

そんな時間に追われる私が、ひとつだけ覚悟を決めて自分に課せていたことがありました。“夕食は手作りのご飯を一緒に食べる”。下の息子が高校を卒業するまでは気を抜かず行ってきたことです。確かに私自身、料理は好きな方です。作ることは苦にはなりません。もちろん、たまには手抜きします。ただ、そうしてきたことで娘も息子も自分でご飯を作ることに抵抗は持たず、特に料理を教えたこともありませんが、上手い下手は別にして、自分が食べたいものを自分でつくり、後片付けをすることができます。この姿を見たときに、「ああ、これで子どもは一人で生きていける」と思ったものです。
たった一つのことを、覚悟を決めてやり続けてきた。その自分の思いがほんの少しでも彼らの人生のお役に立っているのなら、それで“もうけもん”。本当にお役に立っているかどうかは、わかりませんが。

まぁ、つまらないお話にお付き合いいただきましてありがとうございます。
また、来月、園長先生との密談からなにか感じたことを書かせていただきます。
よろしくお願いいたします。

人見知りについての私見

人見知りが始まる頃は乳幼児期といわれていますが、大人になって社会性を身につけたとしても、人見知りのまま活躍している人をよくみかけます。
わたしもかれこれ自分が人見知りであることに、はたと気がついたのは50歳の時でした。
いまだ気がつかずに「器用じゃないんだよな」といわれながら健気にすごしている壮年の皆さんも多かろうと思われます。
人見知りとはなんぞや。
多くの心理学者が様々なことを定義しておられるのでそれは正論として、
私がみるに自分が人見知りであることを無意識に閉じ込めている、人見知りの人というのは特徴があります。

(1)感情的なからみが苦手

理路整然理屈や言葉で分析説明はできたりしても、素朴、率直、素直なその一言がいえない。
感情的なやりとりを嫌うので、天気予報で修羅場の接近を敏感に察知してすぐに避難している。
えい、とボタンをおすとものすごく社会性を発揮して接客とか集団の前で振る舞えたりするが、あくまでもタイマーがついているので電池がきれる。
職業上、あるいは役割上そうした場面をそつなく演じているが、生来嬉々として三度の飯より好きな訳ではなく、
できれば終わればすぐに家にかえりたいと思っていたりする。

(2)気苦労が多く自己の成長に着目している

気苦労が多いのでネガティブ思考が強いのだが、さらにそれを克服しようとしてポジティブ思考にこだわっている。
自己啓発本などがコンビニのレジの近くにあると買ってしまったりする。
自分をかえたい、成長したい、自分の思う自分になっていきたいというまじめな意欲が強い。

(3)感受性がつよい

なんてったって内観が強い。
内観とは心理学的にいえば、自分の意識やその状態を自分で観察したり、感じ取ったりすることで、内省とか自己観察とかいわれます。
仏教では、内観とは内省して自己の仏性、仏身等を観じることとされています。わかったような、わからないような説明ですが、
つまりはたいへん真面目に自分と向き合い、どちらかというと逃げたくても逃げ後れるタイプといえましょう。
相手に自分を映し込むので、自分の気持ちの裏の裏のその裏などと思い悩んでいるうちに
時機を逃してしまったり、自分にだけ不利な状況判断を勝手にしてしまったりします。

(4)決定打は「たとえわずかでも自分にも非があったのかもしれない」

そしてなんといってもこの4番目の要素が決定打です。
ことが起こると、わたしのせいではないもん、と知らんぷりや知らん顔ができません。
私にも一抹の責任があったのではなかろうかとうじうじ考えて、反省会などでは頼まれもしないのに反省をあげてしまったりします。
自分のはいる余地がなかったか、あればそれに対応できなかった自分を探して責任逃れするなと自分に叱咤し、長くうじうじの輪から出ません。

私としては社会性という機能を備えた本来人見知りという人を上記のように考えています
これは生まれつきの性格というより、人見知りという一つの才能、素質を持った人間が上手にその能力を成長させてゆく過程でみられることだと考えています。
人見知りは才能、天性のすばらしい才能です。
上手に育てて開花させると、豊かな人生をより充実して生きてゆくことができます。
短所と長所は同じもの、一つの月という星が三日月にみえたり満月にみえたりしているだけです。
人見知りであることは不便であることもありますが、私は自分の代え難い長所であると自負しております。
人見知りの友の会を誰かつくってほしい。
人見知りばかりのコミュニティではどのように人見知りするのかぜひしりたい。

星に願いを

園長の仕事は様々ありますが、よその園長先生といわれる方がどんな業務内容なのか私は知りたいと思っています。自分の業務内容からいえば、まず園長先生はどんな仕事をしてますか、と一般の方にきかれたとしましょうか、なんとこたえるでしょう。

  1. 幼稚園の経営(対外的な外務省のお仕事)
    • 他の連携期間とのお仕事
    • 行政との政治的なお仕事
  2. 幼稚園の現場の統括(幼稚園の内務省のお仕事)
    • 幼稚園の先生たちの仕事の監督
    • 幼稚園で預かる子どもたちの把握

となりますね

でもみくま幼稚園園長先生は優先事項トップに

  • お母ちゃんたちの相談屋

をもってきたいわけです

え、どこにはいるの?1か2か。
昨年の6月から理事長もやっていますので、1は理事長のお仕事、オーナー経営ですからね。
2にもはいらない。だから3というところでしょうか。

私自身が苦しんで楽しんで、少数派、アウトサイダーというところに所属しながら一心不乱に集めてきた星たちが、ようやく星座にみえる年齢になってきたものですから、今、星を求めて一生懸命なお母ちゃんたちに、こんな星座になることもありますよ、今集めている星はいつの日か星座に見えるときがやってきますよ。だからどんな体験も星にかえることができるのですよ、と伝えたい。星を集めた袋の中身をそっと見せてあげたいわけです。

いたらない人間ですが、一応専門職として若いお母ちゃんたちよりは長く生き、面白い様々な経験もしましたから、まあ、シンドバッドの冒険談をお聞かせするようなものかもしれません。
私はそろそろ50歳をこえて、ようやく今までがむしゃらに欲張って、がんばって、喜びながら、悲しみながら、苦痛に顔をゆがめながら星を集めてきましたし、これからも集めていくのですが、多分、相談にきたお母ちゃんたちとの出会いの一つひとつも星になる。
私を選んで会いにきてくれた、その人たちにとっても星になる、そんな体験を期待しています。
ですから、わたしがやりたい業務内容をいいますと

  1. 子育て相談
  2. 先生たちや子どもたちへの対応
  3. 経営

となりますが、まあ、そんな好き勝手をいってはおられない立場なので

  1. 経営
  2. 現場
  3. 相談事業

の順番ですけど、やりたいランキングは実は逆なんだなあ、園長先生といえどもそんなジレンマの中で毎日四苦八苦してなんとかやりくりつけていきてるんだなあ、と思ってやってください。

8月誕生会のお知らせ

保護者様

みくま幼稚園
園長 安芸志穂子

毎年暑くなって行く夏休み、子どもと過ごせる夏休みも、長いようで短いもの、今から10年経てばみんな中学生です。小さい頃の夏休みは遊んでも遊んでも日が暮れず、夏の夕方には雨のにおいと雷の音、夕立が来て夕涼みのなか、晩ご飯のにおいがただよったものでした。夏休みには、帰省があって、田舎のおじいちゃん、おばあちゃんや親戚達と、お盆や夏祭りの風物にふれる機会も多いもの。子どもと過ごす平日の午前中がなつかしくおもいだされるこの頃です。

子どもと暮らす生活で、新米のお母さん達にとって、自分に経験がないということが、子どもにつらい思いや、育ちを促してやれない原因なのではないかと自責の思いはあるものです。母親であれば、子どもの元へ走って帰って、泣いて謝りたいときもあるものです。でも、ごめんなさいよりは、ありがとうを伝えてやってください。「ごめんなさい」は親が「いいよ」を前提とした言葉、親が楽になりたいための言葉だと思うのです。子どもが「わけがわかった」ら、「おまえのせいだ」というでしょう。困ったときに助け合う、支え合うのがパートナーであるはずで、家族はパートナーシップであるべきだと私は思うのです。新米の親子であっても、子育てという道をいっしょに歩くパートナー同士、「ありがとう助かったよ」と言葉を口にして伝える方が百倍よいのではないでしょうか。母子の関係は、対人関係にも影響を及ぼします。困ったときに迷惑をかけられた、おまえのせいで、というよりは、困ったときは必ずある、どんな時でもおまえがいてくれて助かったと言われる方が、きっと人の育ちの上で好ましい将来につながるような気がするのです。「ごめんなさい、許してほしい」ではなく「ありがとう、助けられた」、そうして子育てルーキーの日々を過ごしてみませんか。皆さん達も、そうして小さな頃は、初心者の親たちを支えてきたのですから。小さな頃の自分にご苦労様、親の立場になった今こそ、小さかった頃の自分に「感謝」の気持ちをつたえてあげましょう。きっとその方が同じ難儀事でもハッピーに過ごせますよ。

下記の日時に8月のお誕生会をいたします。お誕生児保護者の方はご参加ください。

年少組 お誕生会
図書室にて
①お祝いの会 誕生カードと絵本のプレゼント
②こんな絵本をいっしょによみます 「もりのおふろ」西村繁雄 作
③保育室でのお祝いの会
④お時間許します方は引きつづき、おはなし会へお越しください
喜美子先生のおはなし会 図書室にて

年中組と年長組 お誕生会
小ホールにて
①お祝いの会 誕生カードと絵本のプレゼント
②こんな絵本をいっしょによみます 「ほねほね きょうりゅうのほね」バイロン・バートン 作
③保育室でのお祝いの会
④お時間許します方は引きつづき、おはなし会へお越しください
園長先生のおはなし会 小ホールにて

26年度 7月号

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終業式をむかえました

1学期も大過なく終えることができました。皆様にご理解、ご協力をいただきながら保育をすすめてくることができましたこと、心より御礼を申し上げます。

すいぶん前に、幼稚園のプリントを英訳していたとき、学校生活のことを英語ではスクールライフと訳しました。ああ、学校での時間は、子どもにとっての人生における時間なのだ。この当たり前の事実に初めて気がついた私は、子どもの人生に役に立つ学校でありたい、みくま幼稚園をそうした体と心の学校でありたい、そう願ってきました。「のびのびとこどもらしく」その言葉を支える土台は人間として豊かに生きてゆく、一人の人として自立し、支え合い、育て合うことのなかにあると考えます。皆様のご理解、ご協力重ねて御礼を申し上げます。

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「カラダのお稽古」をいたしました

売れっ子のフィットネスインストラクター、パーソナルトレーナーでもある松本寛子さんと私のコラボ企画、「カラダのお稽古」を実施することができました。「心」「気持ち」と、ついつい内面重視の私たちですが、子ども達をみているとじつに心と体は一つの器にすっぽりと入っています。

私たちもそのはずなのに、いつの間にか「カラダ」は健康やダイエットの対象物になってしまっています。カラダからアプローチをかけて内の面が成長する、変化、進化をして行く様を証明するためにも、じつは昨年の四月から、この私が自分で実験中です。体重はすでに標準までもどり、なにより一年で内面が成長を遂げました。(これを面と向かって私に言われた人はいちおうに、しあわせな奴やなー、と苦笑いを浮かべるのでした)しかし、特に子育て家事をこなす女性にとっては、カラダは無視して無理をしなければ、24時間365日休みなし、評価なし、報酬金なし、精神的支援なし、社内健診なしの生活はのりきることができません。母親業というのは、身を粉にして子どもを育てますが、自分のカラダがいちばんあとまわしになるのです。まず、カラダの動作、姿勢がどのようにメンタルを操作しているかを知り、カラダの使い方を知ることによりメンタルを操作できることを学んで子育ての生活を生きてほしい、若いお母さん達にそう願います。

そしてなによりも、みくま幼稚園という小さな世間の中に確固となる居場所をつくる子ども達に対して、ママ友といわれる人達ができても、同じ幼稚園の保護者同士という仲間ができても、なんだか自宅のキッチンやリビング以外には確固となる居場所がないと感じているお母さんのために、同じ志で生きて行く仲間が集う場所を提供できるよう幼稚園が様々な機会を提供したいと考えています。同じ年齢の子どもを育てているだけでなく、女性として、人として、これからの人生を生きて行く、「カラダのおけいこ」がそんな「同志」が集う小さなコミュニティとなりますよう願っています。

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子育てで渡る川

カラダのアプローチで今までの体験や経験がつながって、様々な出来事が少し俯瞰(ふかん)できるようになった気がします。「あれはああで、これはこう」と説明していた事柄が、「ようするに」と話せるようになったとでもいうのでしょうか。私は理事長で園長という椅子に座っています。皆に「いそがしいのだろうな」と思われています。確かに面倒で悩ましくて様々な手続きや関係機関との業務連絡と幼稚園の用務員さんとしてのお仕事など、様々な現場からはみ出てくる用事を拾うのも仕事です。しかし私の一番大事な仕事はなんでしょうときかれたら、みくま幼稚園にまつわる子どもと、その保護者をクライアントとして持つ相談者であり、支援者であると答えます。私の一番大事な仕事はみくま幼稚園の子ども達とそのお母さんたちに自分の思っていること、考えていること、学んだこと、知っていることをどこまで役立てることが出来るか、その人生に貢献することができるかです。

子育てにまつわるよろず相談を受け付け始めて20年以上がたち、相談を受けるという立場の私が心を分けて様々お話してくださったたくさんのお母さんたちに育てて頂いたことに心から感謝しています。

問題があるのはわかっていて、それを指摘したとしても、「じゃあどうしたらいいんですか」という話しは誰もしてくれない。それが一番つらいのです。しかし、答えは必ず自分の中で眠っています。そのヒントを探るお手伝いが私の一回二時間の懇談です。

子どもと過ごす夏休みは過ぎてしまえば短いほんの一時でした。しかし当時は長いもの。夏休みが長いかなと思われたら、どうぞご連絡ください。ひとときお茶をのんで、お話をいたしましょう。

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みくま幼稚園だより 2014年7月号