26年度 9月号

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入園説明会におもうこと

先日、2週にわたる土曜日の午前午後の計4回、27年度入園説明会をいたしました。お天気にも恵まれたくさんの方にご参加いただきまして感謝しております。こうして、足を運んで話をきいていただける機会をいただくことはとても有り難い機会です。
 みくま幼稚園がやりたいこと、できること、届きたいと思っているところ、そしてそれを証明してゆくことは保育そのもの、子どもの育ちそのものと改めて肝に銘じます。

当日入園説明会に足を運んでくださった若い母親である「お母ちゃん」たち。そして今この時間も一生懸命に子どもを育てようとしているたくさんのお母ちゃんたち。みたこともきいたこともないことをいきなり本番でやらされて、失敗したら子どもの将来に響くぞと言われたり、一人一人ちがうからといわれたり、皆とちがうじゃないかと言われたりしながら、なにが正解でどうしたらよいかもわからないけど、とにかく毎日、目の前の唯一無二の我が子と一生懸命にむきあって子どものために役立つことをしてやりたいと願って、子育てをしていこうとしているお母ちゃんたちに、心からエールをおくります。そして、みくま幼稚園ができることを姿形にあらわして行きたいと思います。

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秋に育ちあうこどもたち

 4月から半年が経って、夏休みをこえると、幼い子どもなりにもその学年の風格のようなものがそなわってきます。途中から入園をしてきた子どもたちも大急ぎでととのえてチームプレーに参加します。仲間の中でしか育むことができない育ちの恵みがやっと、姿や形に現れてくる、そんな季節がこれからの晩秋から早春の頃です。秋はその兆しがちらりと見えてくる季節です。今までは遊びの興味や遊びの関心でつながっていた子ども達が、その人の人柄やその人ならではの心地よさに気がついて、特定の人に親密になりたいという心の動きを体験します。その体験のためにはまず、子どもの愚痴が毎晩語られるということがおこります。うまくいかない、思い通りにならない「人の心・人の気持ち」というものに対して、初めて子どもが自力でむきあう体験がやってきます。先生たちはそのチャンスを子どもたちがモノにできるよう奮闘します。お家のお母さんたちには、子どもの苦労をねぎらってやってほしいと願います。
「半分しかできない」と「半分もできた」は同一の現象について表しています。「利息がついていないじゃないか」と「元本保証で手堅いぞ」も同じことです。「嫌いなものを食べずに残した」と「ほとんどをおいしく食べれたね」も同じことを表します。

明日はもっといいことあるだろう、そう思って大人への長い道のりを歩いていく子どもたちに、
「赤ちゃんから幼稚園へいくようになった、この子なりのやり方で一生懸命生きている、初心者の私なりに苦労してここまできている、この先もこうしてやっていける、大丈夫だ」お母さんはお母さんにそういってあげて下さい。そして子どもたちに「大丈夫よ」と言うように、お母さんは自分にも「大丈夫よ」と自分の胸に手を置いて、そう言ってあげてください。子どもと歩く子育ての道中、親子は親と子、親友であり相棒であり、かけがえのないパートナーです。なにがあるかわからないからこそ、命をあずけあうパートナーが必要なのです。何事もおこらない見込みなら、人は一人で対処ができます。同行二人、たとえ一人で歩いていても、いつもパートナーシップで結ばれている。親と子も、みくま幼稚園という存在もそうありたいと願います。

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子育てで渡る川

 子どもが中学生になった春、なんとしてでもと思い入れがあった私は、感情的になって息子に手をあげようとしました。その時に息子は私にむかって立っていて、「なんで手をあげるねん、話せばわかるやないか、ちゃんと話せば俺はわかるんやで。」ときっぱり静かに言いました。いつかちゃんとこの人に伝えなければ、そう思っていた人間が機会を見定めて言ったのだとわかりました。息子はずいぶん前から私より大人になっていたのです。ああ、子どもを守って体を大きくするという「子どもの子育て」は終わりに近づいたのだ、あとは助言だけでいいんだ、本当に見守って、困った助けてくれと言われたときにだけ、なんとしてでも助けてやれば良い時がやってきたんだと悟りました。息子が私にそれを宣言したのは後にも先にもその時ただ一度の出来事でした。しかし、私はそのただの一度で、はっきりと「小さな子どもを育てる」という子育てがもう終わったのだとわかりました。「社会人として育ってゆく青年を見守る」その段階に昇格したのだと感じました。その後、私は息子の成長に比べれば、とてもゆっくりとした速度で、様々な出来事を通じて「社会人の卵を見守る作業」に移行中で、今もその途上にいます。

 子育てというのは、基本365日土砂降りだと思われた方がよろしい。日本晴れにしてくれ、あの雲が気になるんだというのは無理な話です。雨がやんだらうれしい、晴れ間が見えて幸せだ、そう思うのがよろしいのです。茶色い濁流を、子どもの手を引いて渡らないといけないのに、服が濡れると言っているようなものだと私は思うのです。これはいささか乱暴な物言いです。しかし、自分の人生、子どもの人生の中で、絶対将来が安全安心に保証されるということがない中で、自分が自分に「大丈夫」と言い聞かせて歩くのです。「明日はもっといいことあるだろう」と小さな子どもを大きく育ててゆくのです。履いている靴が小さくなった、親元を離れて苦労しながらも幼稚園に行くのだとがんばっている、そんな姿に雲の晴れ間を感じて、あたたかく抱きしめてやって、それぞれの家族の労をねぎらって、平穏に日が過ぎるということを有り難いことなのだと喜んで感謝する気持ちを胸において子育ての日々を過ごしてほしいと願います。

 私の息子が私に言ってきかせたのは13歳のときでした。大人のような応用力にたけた現実的なノウハウはないけれど、人としての正論は間違ってはいなかった。年少さんで幼稚園児になったあの入園式から、お正月が10回、誕生日が10回すぎただけの、わずか10年後のことでした。

あと10回で皆さんのお子さんは中学生です。花のティーンエイジャーです。親はもう一度、我が子と共に10代の人生を生きることができるのです。

 その時までの、あと10回を、どうぞ大切に。

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みくま幼稚園だより 2014年9月号1
みくま幼稚園だより 2014年9月号2