月別アーカイブ: 2014年11月

11月誕生会のお知らせ

保護者様

みくま幼稚園
園長 安芸志穂子

 お正月からもう11回目の月がやってきます。子どもの時間はゆっくり流れて、大人の時間は急いでながれます。子どもの頃に授業がおわってからの夕日が見える運動場で、遊んでも遊んでも日が暮れなかったことを思い出します。夕ご飯のにおいがする家に戻ると定番のテレビ番組、せわしない台所の物音、今はもう取り壊されてなくなった小さな私が育った実家、つるべ落としのこの季節になると、日が暮れてからの冷たい外気のなかに、なつかしい家のにおいを思い出します。

 子ども達が小さな世間でやってゆく、仲間の中で理不尽や不条理ともつきあってやってゆく。仲間の中で支えられ、助け合ってやってゆく。その姿は様々で、きこえてくる音は様々であっても、音をたてる音源は同一のものです。社会の一員であると言うことは、尊重されるべき個人であることと、集団のなかの一員であることを意味します。これからは子どもが小さな世間で自分で考えたやりかたでやってゆく姿を親御さんは静かに見守ってやってほしいと願います。生まれて初めて我が子を育てているお母さん達もきっとそうしてほしいと願っておられると私は思うのです。あわただしい日常の中で頼みもしないのにやってくる不条理や理不尽、教科書にはのっていなかった難儀事、解答がでない問題の連続、生まれて初めて、みたこともきいたこともないことをいきなり本番でやってみるということは、そうしたことのただなかに飛び込むことでもあります。だからこそ、家族という相方と、そして最終自分という相方と向き合って行くことが子育てだと思うのです。大人とは、年をとれば、体が大きくなれば大人になるのではありません。たくさんのことを知っている、わかってきたつもりであっても、これから親になって行く、これから大人の年輪を重ねてゆく、その過程で、様々な出来事を通じて、「ああ、自分は本当にわけがわかったのだ」という信頼を自分にかけてゆけるようになること。大人になるということはそうしたものだと思うのです。

成長をして行く喜びをこめて、11月のお誕生会をいたします。お楽しみに。

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11月誕生会のお知らせ

みくま編集会議 Vol.3

節目

みなさん、こんにちは。
みくま幼稚園園長ブログの編集をしております松本です。
さて、今回のお話のテーマは「節目」について。

女性は男性に比べて、人生の節目が多いと言われます。オギャーと生まれ、幼稚園、小中の義務教育、高校、大学とおおよそ成人式を迎えるあたりまでは、男女という性別において人生の節目の差をさほど感じることはないように思われます。
しかし、就職、結婚すると女性はとくに節目を感じる場面に多々遭遇します。私も学校を卒業し、就職が決まりその後、結婚。結婚すると〇〇さんの奥さんになり、子どもが生まれると〇〇ちゃんのママになる、これも家族を持つ幸せの醍醐味なのです。
でもね、ふと疑問を持つときもあります。最初は必死に手探りで子育てをしている頃でしょうか。赤ちゃんの眠っているわずかな時間に家事を綱渡りのようにこなす日々、こなせないと落ち込む頃。子どもの自我が芽生える2、3歳時。ハイテンションな喜怒哀楽に撃沈させられる日々につかれた時。家事に育児に完璧にこなそうとすればするほど、出来なかったときのぬかるみから抜け出せない罪悪感。そんなこんなで数年すると、次の子を妊娠。
もちろん、楽しんでいますよ、子育て・・・でも正直言うと疲れます。でも、言えませんよね、疲れたなんて・・・少し、自分に戻りたいなんて。

日本には〇〇さんの奥さん、〇〇ちゃんのママでない、自分自身を自己紹介できる“場”が少なすぎますね。

ひとり、気持ちを飲み込み、気を取り直して頑張る。
気持ちを開放できる場所や手段を持つことができれば救われます。
救われるのは、自分だけでなく、家族も救われるのです。

そういう私も未だに肩に思いっきり力が入っています。
すでに、子どもは成人していますが・・・
私のように肩の力が抜けなくなってしまわないように、あなたの味方となってくれる場所をみつけてくださいね。意外に目の前にあるのかもしれません。

おけいこごとについての私見

「おけいこごと」というのは「御稽古事」と書きます。なじみがもう少しある言葉にすると「お稽古ごと」でしょうか。子どものおけいこごとについてよく相談をうけます。まあ、子どものおけいこごとは親の楽しみとわりきるがよろしいでしょう。
だいたい、アクションをおこそうかなと考えたときというものはうすうす目的があったり、はっきりと目的があったりするものです。まずは時間とお金があまっての退屈しのぎなのか、子どもの将来の職種えらびのための探索なのか、当面なにかしら好きな事をやらせて楽しみや自信をつけたいだけなのか、まあそれぞれに目的があるもんです。子どもがやってみたいというものは片っ端からやらしてみるのもいいことです。片っ端からやらして片っ端からやめさせる。親が決めて親が主導権を握っての決断であればこれもいいことです。
そもそも、自分の子どもがどんな方向で将来ご飯をたべるかなんてよくわからないものです。本人ですらなおのことわからない。ゆえになにかしらの体験を通じなければその入り口も方角もわからないではないか、というのがその理由です。
親心というものは確かに「子どもの将来」というものに向かって放出されるものですが、盲点として、親は親の期待や自己満足を子どもの夢だと子どもに映し込んでいるだけであったり、当の本人の子どもはさして深い考えはなく、ただ思いつくままにあれこれやりたいと言っているに過ぎないことも多いものです。幼い子どもは熟考という機能が備わっていないし、子どもの情報網というものはたいへん偏っていますから。

ようするにあまり肩肘をはらず、子どもの将来を夢えがき、こうだったら、ああだったら、という親の楽しみとしてお稽古ごとをやられるのがよろしい。私はそう考えています。
子どものためだ、あなたのためよなどと間違っても子どもに肩入れしたかのような考え方はしてはいけません。子どもは子どもであって、親とは別人であることを忘れてはいけないのです。たとえ親の夢は子どもがおおきくなるにつれてひとつひとつ消えてゆく結果になったとしても、同時進行の人生におけるその時間帯、その時に、子どもが自分自身の夢や希望を育てることができていなければいけません。すべては子どもの未来へ生きてゆく喜び、子どもの将来のための豊かな人生体験の一つでなければならないのです、親が子どものためだといって子どもに施す子育てにまつわる子ども自身の身に起こる体験というものは。おけいこごとというものもその一つだと私は考えています。
おけいこごとはおけいこごと、子ども自身がこころざしをたてた時にこそ、お稽古ごとには修練の意味が備わります。親が自分の夢のために子に修練を課すのは、まったく意味がありません。こどもの習い事は子育てを通じての豊かな人生体験の一つ、子どもが大人になった時の豊かな人生経験の思い出の中の一つの出来事の提供としてお考えください。

今のご時世、ちまたには子どものためのお稽古ごと、習い事、お教室はあふれんばかりにあります。親は授業料や評判や交通の便など様々考えて通わせます。お金をだせば、たいていのお教室には即日入会できるでしょう。そんな日常にいる私たち、下記参照、本来のことも知っておきましょう。

お稽古ごとについて、その本来といえることをテレビで岩本尚文さんがお話ししているのをききました。阿川佐和子さんとの対談の番組でしたか、たいへん印象的でした。たいへん深く心に残る言葉です。

「阿川さんも日本舞踊をお稽古されたらよろしいですよ、いいものですよ。」
「日本舞踊はいいですけど、見せる場所がありません、誰に見せるんでしょう、それを考えると・・・」
「そうじゃないんですよ、お稽古ごとというものは。お稽古ごとというものはね、お師匠(大阪では、おっしょさん、といいます)のもとへ月に一度、週に一度、あるいは年に数回でもお弟子さんがお稽古にやってくる、お稽古を積んでその習い事が少しずつ上達してゆく、そしてお師匠はお弟子さんが通ってくるたびにその人に会ってその人の「もの言い」や「所作」をみて、「ああ、この人は人間ができてきた、人として成長した。」と喜ぶ。
弟子が経験をつんで習い事ができてゆくさま、人間ができてゆくさまを、お稽古ごとという修練の機会を通じ、師匠が感じとって、その弟子の人間の成長を喜ぶ、お弟子はその成長をお師匠に認められて喜ぶ、弟子が師匠のもとに通って稽古をつけてもらうという日本文化における本来のお稽古ごとというものはそうしたものなのです。」

思い出してかいてみるとそんな感じです。
じつに、えりを正すべし、私は岩本尚文さんを造詣(ぞうけい)に深く、本質を学んだ立派な人だと思いました。

師匠と呼べるだけの人との出会い、弟子と呼べるだけの人との出会い、修練をつめるだけの習い事との出会い、お稽古を積むという人としての成長の過程。そうしたご縁に恵まれることの有り難さ。子育てのなかで、たとえ習い事であったとしても、豊かな人生体験の先はその方角を向いてほしいと願います。それは、本来、親がまず体験して本当の大人になってゆく過程で、子どもに指し示してゆく、リレーのたすきのように手渡してゆくべきことなのでしょう。
子どもを育てるというライフスタイルにいる人にとって、子育ての時間は、親が本当の大人になってゆくお稽古の時間です。岩本さんが言われた本来のお稽古ごとというものについて語られた内容は、様々な人との出会い、出来事との出会いを通じて親と子がそだちあってゆく「子育て」という事でもおなじなのではないでしょうか。

私は48歳のときに園長を継ぎました。理事長になったのは51歳の時でした。みくま幼稚園に就職をしたのは今から26年前、その間に子育てやさまざまなことがありました。先代の理事長にかわってみくま幼稚園の経営者となった私ですが、先代が亡くなった今、私は事業の師匠を亡くしました。これからは師匠が生きていたならどう言うだろう、師匠に尋ねたらどんな指南があっただろうかと思いをはせる日々となるでしょう。

先日ひさかたぶりに先代理事長からのおつきあいのある方で、みくま幼稚園の経営方針、教育方針、様々ご指南をいただいている方にご面談をお願いする機会がありました。
「あなたはしっかりしてこられた。」私の所作を見、もの言いをきいておられただろうその方が、机の向こうからにこやかに、最後にそう言って下さいました。うれしかった、今日までの様々な苦しみ喜び、いろいろなことがそうした姿形となって、もうすでに、少しずつ、だんだんと、私の中に備わったのだと感じました。とてもうれしかった出来事でした。

園長先生の相談コーナー(11月)

 みくま幼稚園の名物と申しましょうか、
私のやりたい幼稚園の事業に「園長の個人懇談」というのがあります。いわゆる「園長先生に相談」というものです。これは遺伝かもしれません。私の父は大きな会社で大きな御役を務めた人で、まあそれなりに業界では知られたドンでした。しかし、父は生涯、俺は不良といわれる生徒がたくさんいる学校に行って先生がしたい、就職担当の先生になって指南したいんだと言っていました。

 実際のところ、たいへん問題児であった私に母親がお手上げになった折には、父は単身赴任先の東京から嬉々として帰宅して、わたしに話をする一席もうけたものでした。今も心に残る父の指南は、実に合理的で柔軟で、子供心に「なんてアタマのいい人なんだろう」と感心する外交手腕でありました。父の指南にはいつも細やかな観察眼と合理的なハイセンスがあり、決してゆずらぬ世の中の真理と感じさせる心意気がありました。人の話を決してきかないこの私を説得できた地球上に数少ない人材であったと思います。事実、今も私を説得できる人間はほとんどおりません。

 そんな父は小学校を退学になった人でした。まあ、あまりのガキ大将に両親が小学校を転校させたというか、させざるをえない事態になったのでしょうが、兄弟姉妹は皆、自宅のすぐ近くの小学校へ通っているのに父だけは隣の村の小学校へ行かされて、中学校も別の地区だったそうです。父は中学校でもまあ派手な大将ぶりを発揮して、授業中は難問奇問を質問しては先生を困らせるというハイスペックな所行で退屈知らずの生活だったようです。しかし、一人の先生との出会いが父の人生を変えます。多くの先生が手をやいている父でしたが、その先生は父を呼び、「安芸、お前はいつも先生が困るような質問をして授業を妨害する。しかし俺がきいていると、お前の質問はじつに本質的でするどい。じつにいいところをついている。お前のお母さんは秀才だったときくし、俺はお前をみていて、お前はじつにアタマがいい男だと俺は思う。困らせて遊ぶのもいいが本気で勉強してみたらどうだ。お前は悪さでは一番だが、俺はお前が勉強でも一番になると思う。」
その先生には父も内心いちもくおいていたらしく、父はそこではたとその人の言葉にみちびきを感じ、自分のきざしを感じたそうです。父は「なるほどなあ」とその先生の自分への指南に感心し、ほどなくして日本最難関の高等学校に入学し、最難関の大学へ進学する事となります。一人の先生のその言葉がなければ、父はその頭の良さをそうした方角とは真逆の方角へ生かした事でしょう。そういうこともじゅうぶんできる人でしたから。そしてその後、波乱にみちた人生を父は一人の男として生き生きといきて亡くなりました。

 私のもとを訪れる相談者のお母ちゃんたちは、自分の抱えている問題を解決したくてやってきます。子育てという鏡に映り込む自分という人間の問題を解決するときがきた、前へ進む時が来た、その時を感じてやってきます。私は気休めの懇談はしません。共感の懇談をしてくれる相談機関や相談相手はいくらでもいます。私はその人間が薄々感じている解決への方角を映し出す鏡のようなものです。なぜ私に相談にこられるのでしょうか。私は世間のスタンダードとは少しちがった人間です。私は52歳になった今も不遜(ふそん)で、てきびしく、乱暴で、変わり者です。しかし、私は失敗を多く経験しており、多くを学び、たくさんの人に貸しをつくり、やみくもに苦しんだり喜んだりを繰り返して一人で大騒ぎをして、ついにはアタマに来て人生を楽しむ解釈をたくさん身につけました。けっして人に自慢できるような子育てもできず、生き方も出来ずにいきてきたけれど、それは決して自慢できるようなことではないけれど、恥ずべき事だとも思っていない。精一杯その時の実力で生きてきたと自分を許しているだけの人間です。ただそれだけの人間です。

 そんな私に相談にきて「あなたを訪ねてよかった、人生がかわった。」と言って相談に来たお母ちゃんが晴れた顔で席を立つ時、私は先生に話をされた時の父の心境を思うのです。父にそれを伝えたくなった先生の心境を思うのです。二人はそのとき、どんな「心の鏡」のやりとりをしたのでしょうか、驚いたような父と感心したような先生だったのでしょうか。その映像をよく私は想像します。人として対等であった一人の大人と一人の中学生。「意気に感ず」というか、互いの価値を認め合った者同士というものでしょうか。私の子ども達に対する姿勢の原点がそこにあります。

 人は人に出会い育ち合う。人は人を相手に自分を知り学ぶ、相手があることで私たちは自分を学ぶ。相手になる人とであうことで、人は方角を定めてすすんでゆく。相手になる相手にふさわしい人間と出会う事は、身に余る喜び。父同様、多くの人々同様、私もそうした出会いを通じてここへいたりました。ここへみちびきを受けてやってくる事ができました。

 「相談」というもので悩みが解決するという事はほとんどといってないでしょう。相談というものはただのはけ口ということもあります。しかし、私は相談をしようといろんな人物をめぐること、相談のためにやみくもに行動をおこす事は、暗闇のなかに自らが灯りをともすことだと思います。暗闇の中でもがいているうちに暗闇になれた目に、日頃はみえないようなわずかな光がさす、わずかにそれがみえてくる、それを感じ取る。それは太陽の光の中にいたときには気づかなかったようなわずかな差し込む光の筋、その方角に導かれるように、また走り出す。停滞感と絶望感が疾走感へかわってゆく。幸福と充実がまたたしかに満ちてゆく。そのための丁寧な一工程。「相談」にはそうした値打ちが込められています。自分が自分の方角に気がついて定めて停滞と疾走をくりかえしてゆく。そして一回りをしたときに、自分が以前とは同じ場所でも確かに少し高いところに立っている。生きてゆく事はそうしたことのくりかえしだと私は信じているのです。

 いい懇談ができるよう、よき相談相手でありますよう、私も相談にくる相手を通じて自分を写し、自分を過ぎた日をかえりみて、自分の未来を信じる、相手と育ち合う今日を生きています。

26年度 10月号

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運動会に思う事

 運動会と鉄棒、跳び箱、給食。この四つのない人生をひたすら模索した私が選んだのがこの職業、じつに皮肉なものです。この私がえらんだからこそ、子どもが幼稚園で過ごす時間を人生の糧に出来るように、幼稚園が子どもの人生に貢献できるような保育をするというのが私の発想です。まあ、アウトサイダーならではの発想が、本来のあるべき姿の考えと同じというのは妙なものです。

 子ども達が集団の中で育ってゆく姿、我が子が育ったなあと思う背景には、たくさんの我が子の属する社会の仲間の存在があります。同世代の寄り集まっただけの集団が、身を預け合う、手を握り合う相手になり、仲間になってゆく時間、それが保育の時間です。
 年長児になると、そのための時間が育ちとなって、その姿形となって目に見えるものがあらわれます。親にも確かな手応えが感じられてきます。子どもは、放っておいても、命があれば発育し、成長もします。しかし、大きくなって、できることがふえていく行程で、仲間とまで呼べる集団に身をおけるかどうかは子どもの人としての育ちに大きくかかわります。「みんなは一人のために、一人はみんなのために」その言葉が確かな喜びとなっていくことが大事です。子どもがみずから参加して達成したいと思うだけの集団に出会うかどうか、それが大事な行程です。年少、年中の時間はその蓄積の時間です。基盤をつくる体験の時間です。

 先生達は仲間の一人として、子分のためなら火の中、水の中に飛び込んで助けにいく親分として、そして、生まれて初めて出会う最初の親友として子ども達に寄り添います。満足の行く結果がでなくても、我が子のみを見つめている親の目には不十分だと思っても、子ども達自身が自らの力で生きてゆけるようにと願う気持ちは、現場の先生も親も、幼稚園もかわらないように、先生達が成し遂げようと小さな仲間と懸命に取り組んだ方角は、絶対に子どもの将来に向かっていると私は実感しているのです。

 みくま幼稚園が運動会を通じてなにをしようとしているのか、子ども達の人生にどのような貢献ができる保育をしようとしているのか、少しでも感じ取っていただけたら、それは大変幸せなことです。

 今年の運動会には日が迫ってからの日程変更や、当日まで現地の状況がよめずにプリントが間際になりましたこと、また、会場では大変窮屈な場所であるにもかかわらず、多大なご理解、ご協力をいただきました。幼稚園と、そしてなによりも親元を離れて小さな世間に身を置いてがんばっている子ども達のために、たくさんの心配りを頂戴致しました。職員一同、心よりお礼を申し上げます。
 ありがとうございました。

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二学期も後半に入りました

 二学期も後半、秋の子どもは育ち合う、春夏と個別に育っていた子どもが本当に仲間の中で育ち合うという姿がみられるのがこの季節です。この季節に起こる事柄をご紹介しておきます。まず、仲間の中で育ち合うというのはどういうことか、いいこと、わるいことがおこります。いいことが起こる原因も、悪いことが起こる原因も同じです。人と関わりたいという衝動です。親しみを感じる相手、好意を寄せる相手とより親密になりたい、親密な生活をしてみたいという社会性のなかでも最も大切な「誰かとハッピーにすごしたい」という気持ちが姿形に現れてきます。私たちはそこに、親に愛されて育った子どもたちの手ざわりを感じます。お母ちゃんの愛をいっぱいに注いでもらって大きくしてもらった子どもの手ざわりを感じます。

 成功も失敗もおこります。もめ事もその逆もおこります。それらはすべて「相手がある」ということをわかるための作業であり、作業の目的は「人は人の中で育ち合う」ということです。

 初めての子育てと一緒で、子ども達にとっては初めての事がおこります。見た事も聞いた事もないことを、いきなり本番でやっていきます。喜びがあるぶん苦労があって、葛藤があります。そして「失敗をしたことがある」ということが、やがて人生の財産にかわります。「成功した」ということは、「だんだんとできるようになったこと」だとわかります。

 愚痴をきいて、はげまして、それでも幼稚園に行くあなたはえらいなあ、と感心をしてやってください。子どもが困っている姿をみて、解決してやりたいと思わない親はいません。解決のための手だてを考えておく事は大事です。しかし、それは大人のおなかにおさめておいて、とにかく、苦労をしながらやっている子ども達に共感してやっていただきたいと思います。共感をして、解決のために取り組んでゆく子ども達をあたたかく幼稚園に送り出す、お家に迎え入れる、そんな親の姿で支えてやってほしいと思います。

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子育てで渡る川

 人生は、雨が降ったら傘をさす。これが私の考えです。子育てもそんなふうにやってきました。というよりは、海賊船の中で子育てをしたような生活でしたので、ほかの選択肢は許されなかったと言い方が正しいかもしれません。迷いがなくてよかったね、ともいえますが、もう仕方なかったんだねともいえましょう。
 親が自分の生き死にに必死で子どもはたまったもんじゃありません。毎日が綱渡りのようでしたが、もうここにいたると、子どもが可哀想とか、親としてどうなの、などとは言う余裕もあらず、親子共々スリルと興奮の綱渡りの日々でした。不自由はあったが不幸ではない、「むちゃくちゃだったけど面白かったなあー」と今でも子ども達は口にします。まあ、海賊船ですからね。
 人生は基本、365日土砂降りと悟った私はいつも雨の中子どもとずぶぬれで走っていたように感じます。たまに雨が小降りになればありがたい、曇り空や晴れ間が見えたときは滅多にありつけない有り難さ、そんな気持ちにもなりました。

 雨の中傘も持たずにぬれねずみで走り回る私たちを見るに見かねたのか、たくさんの人に傘を借りたような気がします。ただ私はとにかく子育てと仕事の両立に必死で生きていたもので、相手の名前をたずねることもせず、お礼も言わず、顔もみずに、時にはひったくるようにして人の傘を借りた事がありました。時には、必ず返します、と約束までしながら結局、返す事なく放り出した傘もありました。今、子育てが一段落して、私は少しその当時のことを思い起こし、かえりみることができる大人になったように感じます。あのときも、あのときも、誰かの傘を貸してもらってきたんだな、そのことがようやくわかってきたように思うのです。

 借りた傘は、貸してくれた人をさがしあてて返すのではなく、また誰かに手渡してゆくもの。これからの時間は、手渡してもらったたくさんの傘を、また必要な誰かに手渡してゆく時間なんだなと感じます。渡された傘が、また誰かに手渡されていく、子ども達のリレーのバトンのように。
 私はきっと、たくさんの傘をかりたから、たくさんの傘を手渡す事が出来るでしょう。
 こんなことも、子育てがある人生の、幸せのひとつなのではないでしょうか。

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みくま幼稚園だより 2014年10月号1
みくま幼稚園だより 2014年10月号2

みくま編集会議 Vol.2

一人遊び 一人思考

みなさん、こんにちは。
みくま幼稚園 園長ブログ「えんちょう つれづれ」の編集をしている松本です。さて、2回目の編集会議で園長先生のお話の中でなるほどと思ったのが『大人(親)は共同遊びをしていると思っているが、その場を共有しているだけでそれぞれの子どもは“一人遊び”をしている=並行遊びなんだと。だからそこには頼りになるキーマン、群れを管理する大人を入れた遊び場でなければいけない』というお話でした。

これはいま流行のワークショップや会議でのファシリテーターの役割に似ているのではないかと、私は勝手に思ったのです。正確に言うと違うのでしょうが。大人の場合は、あるテーマを基にその場へ集まり、グループにごとにわかれ “一人遊び”ではなく“一人思考”をしています。そのバラバラな思考を、まとめるようで、まとめない風な立ち位置、決してジャッジをするのではなく参加者全員でグループの思考にまとめさせるのがファシリテーターの役割です。
しかし、このファシリテーターの能力によって、出てくるアイデアのクオリティが違ってきます。

ファシリテーターとは

①話しを聞き出す
参加メンバーから網羅的な意見を聞き出し、それをホワイトボードなどに書き出し、メンバー全員が見える形で全体像を示しながらメンバー間の合意を
組み立てていきます。能動的に聞くことで、普段発言しない人の意見も拾っていきます。

②話しをまとめる
聞き出した意見をメンバー全員が眺め、ほんとうにそれだけか?他にはないかと網羅されているかを意識しながら、「聞き出し」と「まとめ」を繰り返します。このことで共通認識が形成され、メンバーの一体感が生まれてきます。

③合意する
「聞き出し」と「まとめ」の繰り返して得られたグループの共通認識から、特に何が重要か、重点事項は何かを導き目的を達成するために必要不可欠な意見を選択します。

と、大人の会議のファシリテーションのコツが子どもの集団での共通認識の持たせ方とは違うのでしょうが、大人も子ども関わらず、個体で個性があることを理解しすることから、コミュニケーションが始まるのかもしれませんね。