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「木を植えた男」の話

みくま幼稚園には、パイプランドの後ろにどんぐりの木があります。すいぶん大きな木になりました。これはある男の子が植えたどんぐりから生えたどんぐりの木です。もうずいぶん前の話です。20年ほど前になるでしょうか。

「木を植えた男」と言う絵本が世に紹介されました。フランスのお話を日本語に翻訳され、アニメーションにもなりました。とても深い内容で哲学的な絵本でもあり、多くの大人にも支持された絵本の姿をした壮大な文学でありました。一人の男が荒れた土地にどんぐりの実を一つうずめます。地面に穴をあけては実を一つ落とし、土をかけて植えるのです。毎日、毎日、何年もの間。雨の日も晴れの日も。やがて小さな芽が地上に現れて、それを男は大切に守り育ててゆきます。やがてある旅人が美しい森を訪れます。数えきれないたくさんの生命を育む土壌となった美しい森です。それはあのどんぐりが木になって、森になっていた、そんなお話でした。当時の私は私は駆け出しで、何もわかって居ない若造でした。

男の子がお母さんと植木鉢のなかに植えたどんぐりの実が芽をだして、大好きな幼稚園に植えてほしいと持ってきてくれました。おうちで「木を植えた男」を読んだのです、そう言って大切に親子で持ってこられたのでした。そのことをクラスの先生は子ども達に話して、みんなで植えました。毎朝そのどんぐりに水をあげる子どもがいました。声をかけたり、友達を誘って見に来る子どもや、卒園の時にはお母さんと写真を撮りにやってくる姿もありました。その子ども達が幼稚園から卒園をしてもどんぐりの木は大事に育てられました。大きくなった卒園生が訪ねてきて、ああまだあるんだ、とその姿を喜びました。

ある日、みくまに勤めていた職員が訪ねてきました。ずいぶん以前に退職をして新天地へと旅立った思い出深い保育をした人でした。ある日ひょっこりと私に会いたい、話がしたい、と遠方から訪ねてきたのでした。もう一度、あなたと仕事がしたいと言い続けてきた私には懐かしい訪問でした。

久しぶりに会えた私たちはたくさんの話をしました。そして彼女は今、子どもの事、夫の事、家族の事で深い悩みがありました。もう大阪へ帰ろうか、みくまへとにかく行ってみよう、そんな思いで幼稚園の前の坂道をのぼってきたのでした。

帰る前にあなたのいた保育室を見に行こう、そういって二人で幼稚園の中を歩きました。「ああ、変わらない」そういって休日の保育室をのぞいたその人の顔はあの頃と同じでした。そして滑り台の後ろのどんぐりの木を前に、「ああ、まだあるんですね、こんなに大きくなっている」そう言ってどんぐりの木をなぜました。あの日、クラスの子ども達と植えたあの小さな芽が、こんなに大きく、自分が幼稚園を去った後も、季節の中で育っていった、自分にもたくさんの出来事があって、同じ季節をすごして行った、「ここにあなたと過ごした歳月がある」木はそんな言葉を語りかけてくれたように思いました。

「戻ってきたくなったら訪ねておいで、いつでもここにあなたの居場所がある」私はその人の肩を抱いてそう言いました。「もう少し、もう一度やってみます」そう言ってその人は涙を拭いて微笑みました。「じゃあ、またね」そう言って私たちは別れました。彼女はまた坂道を下って行きました。あの日と同じ背中がありました。

秋にはどんぐりの実を落としてたくさんの子ども達の声をきき、遊ぶ姿を眺めながら、みくまに植えられた小さなどんぐりの木。このただ一本のどんぐりの木を見るたびに、一冊の絵本に書かれたお話を思い出すのです。深い物語に心が通じてゆくように思うのです。そして、この幼稚園を去ってゆくこの幼稚園で過ごしたすべての人間に、「戻ってきたくなったら戻っておいで、いつでもここにあなたの場所がある」そう語りかけているように思うのです。