月別アーカイブ: 2015年5月

6月誕生会のお知らせ

保護者様

みくま幼稚園
園長 安芸志穂子

6月は水無月、和菓子の名前にもあるこの月は田植えのためにたくさんの水を必要としたことに由来します。水無月の頃は、「夏越しの祓え」(なごしのはらえ)の季節。陰暦の6月晦日、6月の末日に罪やけがれを除き去るための宮中や諸社で行われる行事です。今ではめずらしくなったこの年中行事も、古人の食中毒や梅雨時の衛生に対するこころ配り、そして季節の中の衣替えなど、季節の変化に適応して向かい合って行く知恵のひとつでありましょう。

田植えの国、米の国にとって、気温と雨量は母親の胎内のようなものです。私たちはずっと、四季おりおりの風物がある島国にいて、二四の節季をもつ習わしの中に暮らしています。5月の21日頃とされる「小満(しょうまん)」、草木が茂って天地に満ちはじめる頃をすぎると6月です。穀物の種をまく頃の「芒種(ぼうしゅ)」6月21日頃とされる「夏至(げし)」は夜がもっとも短い日、暑気が強くなる「小暑(しょうしょ)」の頃にはもう7月です。意外にも梅雨そのものをあらわす節季がありませんが、その分この国では雨が豊かに四季折々に恵みをもたらすので、私たちは空から受けるこの水の恩に、小雨、甘雨、慈雨、豪雨、にわか雨、さみだれ、など様々な雨の名前をつけて呼びんでいるのです。

春に始まったみくまライフ、子ども達も生活になれてこれからいよいよゲストからスタッフになって活躍をはじめます。一方で、暑気あたりや体調不良、雨降りが続いたり、湿気の高い季節の衛生状態への知恵の生活もはじまります。子ども達には梅雨の季節も興味津々、この季節に、なんてことはない毎日の繰り返しのこの時期に、子どもは生活のなかのやりがいのある苦労に取り組みます。取っ組み合って、ものにする、自らの手で自らの願いをじつげんしてゆく、そんな生活を支える苦労をともにして、子ども達とこの季節を大切にすごしてゆきたく願うのです。

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6月お誕生日会のお知らせ

5月誕生会のお知らせ

保護者様

みくま幼稚園
園長 安芸志穂子

  五月はさつき、さみだれ、さおとめ、お田植え祭や神事が多い季節です。稲の国の名残りとなる年中行事がまだ残るこの時期、稲の景色は見えなくても、緑の香りが風の中にただよい、なんとも美しい芽吹きに心を奪われます。日本の年中行事のなかの端午の節句があるこの季節、新緑の中で泳ぐ鯉のぼりも都会では見られないものの一つです。広い空を悠々と泳ぐ鯉のぼり、昔の人たちが天と地上をつなぐためにたてた「のぼり」天の恵みが地に満ちて、地の感謝と祈りが天に届くようかけられた「幟(のぼり)」という言葉に込められた力が、今もこうして懸命に、我が子を育てようとする若い母親達に受け継がれて行くことを願います。

入園、進級からひとつきが過ぎて、子ども達はお客様からスタッフへと移行し始めます。小さな小さなみくま幼稚園というコミュニティのなかで、それでも子ども達にとっては大きな大きなコミュニティであるみくま幼稚園という場所で、親元を離れて本当の自分の、自分だけの、自分自身が築き上げて行く自分の居場所づくりが始まります。おだやかににぎやかに、そしてすこやかに。これから一年という時間をかけて、これから夏、秋、冬、と季節のひとめぐりのなかで、自分の居場所が自分だけのものではなく、つながりあい、ささえあい、互いを必要不可欠とする仲間という相手と組み合う大切な居場所であることを、つながりあう互いのためのかけがえのない場所であることを、子ども達のなかにぬくもりとともに育てて行きたいと思います。そして、幼稚園という場所で、先生達と子ども達と、みくまのお母ちゃん達とが織り上げたたすきが、季節をひとめぐりした後で、子ども達を待っている次の人たちへ手渡して行けるように、祈りが、願いが、感謝の気持ちが、満ちて届いて行きますようにと願います。

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5月お誕生日会のお知らせ

4月誕生会のお知らせ 

保護者様

みくま幼稚園
園長 安芸志穂子

進級式、入園式がおわると、子ども達の新しい生活のスタートです。幼稚園に初めて来た子、お引っ越しをしてきた子、クラス替えを経験しながら進級した子、祝福された出会いがこれからたくさん待っています。

初めて我が子を抱いた日のことをおぼえておられますか。初めて我が子と対面した時のことをおぼえていますか。ただただ無性な気持ちで、小さな小さな手をそっとさわった日のことを。なにものにもくらべようがない、そんな思いでいた時のことを。みくまというあたたかな、おおきな群れは仲間を受け入れ、育み、巣立ちさせ、巣立ってもなおのこと羽を休める場所であり続けるよう、子ども達とお母ちゃん達の心のふるさとでありつづけようとします。ここに集う人々はそんなつながりを求め合う仲間です。ともに同じ時代を生きて行く、ともに年を重ね、ともに歩んで行く仲間です。支え合い、学び合い、そして育ち合う、みくまで過ごす親子の時間が人生にとって有意義なものでありますように、子ども達の豊かな人生を導く時間でありますように、私たちはそんな願いをこめて保育に取り組んでいます。

みくま幼稚園では月に一度のお誕生会を開きます。お誕生児の保護者の皆様にも幼稚園のお誕生会にご参加いただいて、楽しいひとときをすごします。幼稚園が子どもたちの人生にとって豊かな体験学習の場になりますように、そして子どもたちが健やかにそだちゆくことを願って、今年もお誕生会がはじまります。

小ホールでのお祝いの会の後は、クラスでのお誕生会プログラムがあります。保育室でのプログラム終了後は、お時間の許す方は小ホールでのおはなし会にもご参加ください。こどもの成長、子育てについて楽しいおはなしの会をもつ予定です。

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4月のお誕生日会のお知らせ

みくま通信 4・5月号

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みくまライフがはじまりました

進級式がおわってクラス替え、あたらしい土地で新しい仲間をみつけた転入の子ども達、あたらしい友達と出会う進級児たち、桜が散ってしまった後にみくま幼稚園えは春のにぎやかさが訪れます。進級した子ども達はおだやかだけど新しい環境にむけての活気に満ちたエネルギーを発します。みくまのあたたかな群れにあらたな活気に満ちた春がやってきます。新たな仲間、新たな居場所づくり、新たになることの喜びと、予測がつかないという心配と。私たちはそれらを大切に導きます。

 やがて新入児たちがやってくる入園式。幼稚園に行くのは楽しくても、こんなに毎日、ずっと行くものだとは考えてなかった新入児たち。なれない新入園児の手をひいて、保育室までつれて行く進級児達も、去年は連れて行ってもらった人たち、あるいは去年は初めて連れてゆく側にたった子ども達です。ただ一年、季節が一巡りをしただけで、こんなにも育った姿を目の当たりにする私たち、3月の学期末の記憶がまだ新しい私たち、ともに過ごして育ってきた自分たちと子ども達、かけ足で、時には立ち止まりながら、ともに過ごしてきた充実した時間はこんなにも満ちていたのかと、去年の四月の姿をもう思い出せないほどにしてしまった子ども達の姿に、どんなに幼くとも人はしてもらったことをしてかえすことができるということを目の当たりにします。

 今年も120人あまりの子ども達がみくま幼稚園本科へ、そして40人の子ども達が子育て支援科のこぐま組へあらたに加わりました。388人のみくまライフのスタートです。子ども達一人一人のお母ちゃん達とのみくまライフがはじまります。私たちといっしょに、私たちとともに、こどもを育てて参りましょう。

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西丘小学校の建替え事業がはじまりました

 平成27年4月からみくま幼稚園お隣の西丘小学校の建替え事業がはじまります。工期は2年以上を要する大工事、小学生たちは運動場敷地の仮設校舎ですごすなかでの事業です。耐震構造のための工事であれば、それはやらなければならない工事です。地震がおこれば死んでしまうかもしれないとわかっている器に子ども達を通わせることは許されるべきではありません。工事が早く、そして安全におわることを心から願ってます。

  広い敷地と言えども隣地のことですから、みくま幼稚園もたくさんの子ども達をあずかる以上、教育環境の保証を願い出なければなりません。子ども達の生活の場をまもってゆくのが私たちの勤めです。構想段階から豊中市教育委員会とは話し合いをかさねて、かねてからそのためのご配慮をいただいてきましたが、このたび、工事の開始をうけていま一度みくま幼稚園園長より要望書を提出いたしました。みくま幼稚園の教育環境にご配慮をいただく事、そして立て替えが終了したときにはお互いの器をこえて、さらに子ども達が育ってゆくこの地域が良いものになりますようにと願いをこめました。そして今こそ大人達が、こうした状況だからこそ子ども達のためにできること、それぞれの立場をこえて、子ども達に願うことのために、勤めを果たしてゆける機会となりますよう、豊中市と協力をして、それぞれの子ども達の育ちを見守って、子育てをしてゆく環境を守ってゆきたいと考えています。
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子育てで渡る川

   幼稚園に出勤をして、事務所にすわっていると、次から次へといろんな相手がやってきます。私の席の机のむこうに椅子があるといたしましょう。そこに「出来事」が座ります。ひょっこりと座ったり、待ちかねていたり、予測通りだったり、まったくの不意打ちであったりと、様々な姿で現れて、私の前に座るのです。私はその出来事に最大最善の一手を打つべく、あい対する席に座っているのです。

 楽勝もあれば、惜敗もあります。地団駄ふんで悔しがる事もあれば晴れ晴れと実も心も軽くなるときもありました。勝てば気が済む、負ければ引きずるの繰り返しであったようにも思います。苦しいけれどもやりがいというものが流れていたし、その流れの源には自分に出来る事がどれほどか試してみたいといった気持ちがわいていたようにも思います。それが若さゆえであったのか、そうしたことが必要な時期であったのか、とにかく来る日も来る日も子どもを育てながらこうした仕事でフルタイムワーカーをしている時期の事でしたから、公私にわたり24時間、息をするように片っ端から家でも職場でもところかまわず、おこった出来事と対戦するといった生活を送っていたのでした。

  私の人生から子どもを大きくするという優先事項が去り、対戦ざんまいの生活に一段落がつきました。あとは人として育つ出来事がおこるたびに、必要な助言をして見守って、離れていてもいつも心は共にある、そんな調子でゆけるでしょう。今になって、小さな子どもを一生懸命に育てている、そんなお母ちゃん達をみていると、私もあなたのようだったのだと、それまでではできなかった対応が出来るようにもなりました。勝ち負けではなくて、もっともっといろいろな、たくさんのものごとがひろえて、つなげて、腑に落ちて、導かれて導いてゆくことができるようにもなりました。そのときの私は50歳をすぎていました。長い時間をかけて、様々な出来事を通じて、人は育ってゆくのです。

 みくま幼稚園の事務所に座っていると、様々な事情の子ども達がたずねてきます。なかには、面白ければブレーキをかけることができない、楽しければやっていいことも悪い事もわからなくなる、わかっていてもやめられないなど、ようするに、叱られてジムショに連れてこられたという姿の子ども達もやってきます。人が心豊かに生きて暮らしておればおこってゆく様々な、無数にちかい数の出来事がみくま幼稚園の生活のなかでも子ども達の身の上におこってゆくのです。

  連れてこられた子ども達には、おこったきっかけや、出来事をおこした目的や、できごとの状況をたずねます。それがみくまルールではどうしたことであるのかをジャッジをしてきかせます。先生達の指導を、子どもが学ぶかどうか、それは生きた本物のルールがそこに流れているかどうかで決まります。ルールに命が宿っているかどうか、それは出来事という鏡を通じて映し出される先生たちの心の底に「子どもに願う姿」があるかどうか、「人として豊かな人生を生きていってほしいとその子の将来を願う姿」それがあるかどうかが問われていることなのです。それは必死に子どもを育てているとき、いつもふと思い返したように、気がつけば座っていた机の向こうの相手でもありました。

  子どもを育てていると、子どもをよくみていても、それは子どもにうつりこんだ自分でもありました。必死に取りすがる相手は自分自身でもありました。そうやって子どもに育ててもらったのでした。

 「園長先生と約束しよう」そう言って差し出した手のひらに子どもがそっと手を重ねる時、願いがかなう、きっと祈りは通じてゆく、お母ちゃんに握りしめられてきた小さな手には、きっとそれらが宿っている。小さな手から伝わってくるその小さな力の源に、確かに触れて、私はそれを信じるのです。

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みくま幼稚園だより2015年4月・5月号1
みくま幼稚園だより2015年4月・5月号2

みくま編集会議 Vol.6

「関係性」

 

みなさん、こんにちは。

みくま幼稚園園長ブログ「えんちょうつれづれ」の編集をしております松本です。

私は2月からセミナー講師術を学ぶための6回講座に通っています。決して安いと言えない講座ですが、プレセミナーを受講したときに主宰者の方が言った〜あなたが選ばれない原因はその人との“関係性”ができていないから〜という言葉が心に刺さったからでした。最近よく聞くフレーズの“選ばれる〇〇”。

自分のスキルをアピールすれば“選ばれる”世の中から、スキルだけでは選ばれない世の中に変化しているのでしょうか。90年代、バブルが崩壊してもまだその余韻と余裕が残る世の中ではグローバル化に勝ち残るためには、スキルを磨けとばかりに、英会話や国家試験などの資格取得セミナーが多く開催されました。いまも資格取得セミナーは多いですが、取得したノウハウを他者に伝える。しかし、単に伝えるだけでは信頼を得ることはできない、信頼ある関係性が生まれないと仕事として契約を交わすことはできないという論理。そう、あまりに当たり前すぎて「そんなこと言われなくてもわかっている」と思うのですが、これが実践できていない人が多いからこそこのようなセミナーに行く人が多いのでしょう。そういう私もその一人です(笑)

関係性を良くするためにコミュニケーションをとりましょう、なんてよく耳にします。関係性は対人との立ち位置でしょうか。例えば、先生と生徒、親と子、

友達、知人、他人など。コミュニケーションとはその対人と関わりを持ちたい場合に回数や場などにあわせて使うツール(道具)とも言えます。しかし、その道具も人に優しいものから、危害を与えるものまで様々で、互いのエネルギーを交わすときの正のエネルギーか負のエネルギーかによって“関係性”は大きく変わってきます。

エネルギーというボールをやり取りするのが、人間関係の基本。やり取りという関係性を楽しいものにすることが、やはり一番。誰も自分の理想の関係性を押し付けず、気持ちの良いエネルギーのキャッチボール「交感」ができればいいなと思っています。えっ、「交換」ではないの?どうして交感?

交換は漢字のごとく、互いに自分に主があって互いに持つエネルギーを受け渡すイメージ。良いエネルギーをキャッチボールするためには、心を開き感情の交わりが起きないとできないこと。安芸先生いわく交感とは「パンツのゴムを通すときに、テンション整えるために途中でグリグリッとのばすようなもの」とおっしゃいます。心地良い履き心地を整える交感ができると、本質的な交流になるそうです。交感→交流へ、コントロールできるココロとカラダが欲しいモノです。